競 争 と 調 和 2002年3月5日
ソルトレイクオリンピックも終わりました。
日本の成績も芳しくなかったため、今ひとつ盛り上がりに欠け、もう世の中では多くの方々がその一大イベントを忘れてしまったかのような印象を受けてしまいます。
日本には過ぎ去ってしまったことは忘れましょう、いわゆる”水に流す”という独特な思想があるようです。終わってしまったことは、今どうこう思っても仕方が無い、忘れ去ってしまおう、水に流そう、という古(いにしえ)より日本人の皮膚に馴染んできた思いです。忘年会というものが存在するという所以です。その年のことは忘れよう、新しい気持ちで次の年を迎えようとする意志です。意志といってもそれ程明確なものではなく、過ぎたことは忘れましょうという、そこに意味付けを嫌う日本人のあいまいさがとてもよく表現されている現象だと思えるのです。過去の戦争責任をいつまでも問い続け、反省をし、未来に活かそうとする、ドイツをはじめとする欧米的な思想と決定的に異なる思想の流れをこの国は持ってきているようです。水に流すことが、いいか、わるいかということを問題にするつもりはありません。ただ、どんなにちっぽけな現象も、そこにメッセージが存在するなら、そのことを受けとろうとする意志は、持っておくことも必要ではないかと思うのです。
今年ほど、審判に対する不信感が問題とされたオリンピックは記憶にありません。このことは、どういうメッセージをはらんでいるのでしょうか。とりわけ、日本がらみのジャッジメントに対する不審は多かったように思えるのです。そのことは日本に対しいかなるメッセージ性を有しているのでしょうか。
スポーツを自分なりに本気で取り組んだ体験のある方なら誰でも一度や二度の体験はあると思うのです。自分が自分以上のプレイをしてしまっていた、頭で思うのではなく、体が反応してそのプレイを形作っていたということが…。「スポーツをする人の美しさは、その身体に埋め込まれた創造力を表現するところにある」と、栗本慎一郎さんという方がおっしゃっていました。
足立育朗さんが長嶋茂雄夫妻と会食をされた時、長嶋さんから「私は直観的に物事を決めてきましたが、それでいいのでしょうか。」というような質問が足立さんにあったようです。「それでいいようです。直観で行動することが最も調和がとれているようです。野球というゲームも調和です。相手に勝とう勝とうという意識ではなく、自軍がいかに調和がとれ、その攻撃が調和したものであり、また、戦っているはずの相手チームとも調和をとろうとする意識、それが結果として勝ってしまうということにつながるようです。」バットとボールが当たる瞬間、ボールがグラブに収まる瞬間、取れないと思って身を投げ出し無になった瞬間、ボールがグラブに収まっている…。どれをとっても調和を体感している瞬間、それがスポーツを通した本質的な学びであるようです。
フィギュアで優雅に滑っている方に力みは感じません。今、表現できる自分に喜びを感じ、楽しみきっておられる姿に見ているものは心を熱くするのです。その美しさゆえに…。
優勝候補と目されていない方が、どの世界でも優勝してしまうことがたびたび起こる理由はそこにあります。ただ演じることプレイすることが、嬉しくて楽しくてしようがない、無欲の勝利と言われるのは、そのような背景からです。喜びと楽しみに満ちた演技であり、プレイであったため、調和しきったパフォーマンスが見ているものに美を伝えるのです。
西武の松坂投手と、オリックス時代のイチロー選手が初対決を迎えるとき、取材の方が、イチロー選手に聞きました。「今日は自信はありますか。」イチロー選手はこう答えました。「わかりません。身体に任せていますから…。」イチロー選手のプレイひとつひとつは、調和しきったものです。頭でどうこう計算してはいない、正に瞬間瞬間に感じる喜びをたたえながら、淡々と楽しんでいるプレーです。その彼に18歳の若者が思いきり向かってくる。それに自分の身体がどう応えるのか…自分自身が楽しみだ。そう彼は、言っているかのようでした。結果は、3打数3三振だったように記憶しています。しかしながら、ある解説者は、一打席、一打席の対決ごとにイチロー選手の身体が進化していくのを感じていました。これまで目にする中で最も速い球、キレのいいスライダー、彼の身体は、確実にその球に応じた進化を遂げていました。その球に調和するためには、自分をもう一段細やかに見つめきった調和が必要とされていたのです。次の試合、イチロー選手は松坂選手のいきのいい球を見事に調和し、進化した意識と身体で打ち返しました。
また、シドニー五輪での女子マラソンの高橋尚子選手は、多くの方の記憶に新鮮で鮮烈な何かを残したのではないでしょうか。30キロ地点でルーマニアのシモン選手との一騎打ち、そう誰もが思いテレビでもそう伝えていたと思います。しかし高橋選手の意識は、シモン選手との戦いに向いてはいなかったようです。後のインタビューで、次のようなことを応えています。
「あのとき、二人っきりになった時、この舞台で二人だけで走れる喜び、ずっと二人で走っていたかった。」
彼女は、言葉で交わせない友情をシモン選手に抱きながら、二人だけで走り、二人だけが見つめる景色を共に分かち合い、喜びと共に走っていたようです。
彼女にとってのゴールドメダルは、ある意味フロッグ、おまけのようなものだったのです。確かに一番になる為に、ハードな高地トレーニングを積み、男子顔負けの練習量を積んできたのです。しかし、シモン選手との二人の一騎打ちは、戦いを超え、自らのでき得る最高のパフォーマンスで調和しきった二人の美しい姿、それだけだったのです。
勝ち負けを越えた所には、その人が初めて辿り着く調和と喜びが待っていたようです。
私は、スポーツが大好きです。12歳で病気をし、障害者となったため、一線でスポーツをすることはできなかったのですが、アメリカに留学していた頃スリランカのナショナルチームにいた人と、よく卓球のラリーをしました。私は小学校のとき、少しやっていた程度でしたが、彼と、何とかラリーをすることはできました。とは言っても、相手は、ナショナルチームの代表です。まして私は、左半身麻痺というハンディキャップがあるわけです。身体にまかせるしかなかったのです。考えている暇などありません。とにかく、来た球をただひたすら打ち返す、それだけでした。そのような全く何も無いまっ白な状態では不思議といいラリーが続くのです。私が無になった時、私は相手と調和した私以上の私が表現されていたようです。
その人に埋め込まれた創造力、それは調和を表現することだったようです。
オリンピックで、勝敗にこだわり、メダルに執着していた私たち日本人、あの一連のジャッジメントは、私たちにその奥にある、本当の輝き、日本の皆さんわかりますか、皆さんには気づいていただけますよね、というそんなメッセージだったのかも知れません。
私たちが最初に学び体験する調和した瞬間とは受精の時だそうです。
私たちの文化では、競争し、勝ち抜いた精子と卵子が受精すると教えられますが、本質的な意味からそれでは、ずれるようです。この文化が、戦って奪って勝ち抜くことを是としているが故の一つの解釈なのだそうです。
本質は、最も調和のとれた精子が、卵子と結合して、2つのものが一体となり、更なる大きな調和を体験する。それが、私たちの誕生の記憶に埋め込まれた創造力だったのです。
栗本氏が伝えてくださった創造力を実は、私たちは、受精の瞬間に体験し記憶してしまっているのです。
スポーツを見る感動は、勝ち敗けにこだわることでもなければ、メダルをとるかとらないかなどということではありません。そのプレイヤーが自らを調和した意識と身体で楽しみきった時、受精時に深い記憶に刻印された、私たち一人一人の記憶と共鳴する喜び、調和化された美を感じ再体験する至福感、それがスポーツを見る側、演じる側に共通した深く澄み切った感動となるのです。
水に流すにはあまりにも、もったいない記憶のようです。